蔵前仁一さんは、日本におけるバックパッカーの教祖的存在らしい。
もとはグラフィックデザイナーだったが、休暇のためにふとしたきっかけでインド旅行にでかける。
そこでのカルチャーショックが強すぎて、インドのことをいつも考えてしまうインド病にかかり、そしてその後30年間旅をすることが生業になる。
旅行人という雑誌を立ち上げた。これは同人誌的な規模から初めて、次第にしっかりとした雑誌の体をなすようになった。
「地球の歩き方」が取り上げないような場所を取材して、本や雑誌にした。旅の開拓者的存在であった。
そこに寄稿した人たちもまた、有名な旅行作家になっていった。
加えて、蔵前さんもいろんなところを長期旅行し、旅行記をたくさん執筆している。
蔵前さんの旅の仕事人生を一冊のノンフィクションにまとめたのが本書。
蔵前さんにとって旅の動機はシンプルだった。
面白いから。
こういうのはこういうことだと既知として疑いもしなかった世界観と、現実のギャップ。
本当のことを知るのは楽しい。知りたい。
その純粋な好奇心。
楽しいはずの旅が、仕事のためになって、社員を養うこと、期限までに取材を終え、本を作り、売ることが目的になっていく。
旅行人は少しずつ出版社として成長していくが、経営というやりたくもなかった仕事が増えていく。
こんなはずだっけ?
本が売れなくなっていく時代の流れ。
売上の低迷とともに、今後のことを考えた蔵前さんは、旅行人を廃刊し、会社も小さくして、身軽になる。
自由に好きなことを好きなように調べて本にして出す。
そうした人生を選択した。
蔵前仁一さんの旅はまだ続いている。
旅に出たくなる。
この気持ちってなんなんだろう。
旅に出たい。環境を変えたい。
人にも色々種類がある。
一箇所にいて自分の家を自分好み作り、そこでの生活を楽しむのが好きな人。
一箇所にいると飽きてしまい、すぐどこかに行きたくなる人。
僕は後者だ。家というものに全く頓着がない。
家は僕にとって荷物を置いて、寝て、シャワーを浴びる場所。
この3つを解決できるなら家など必要ない。
それよりも新しい場所に行って新しいものを見てみたい。
知らないものを知るから楽しい。
ガイドブックに載っているものを確認しても楽しくない。
何も持たずに、知らずに気まぐれにふらりと出かける旅が一番楽しい。
蔵前さんの人生に共感するし、実際僕もたくさんの場所を旅してきた。
でも、僕は旅を仕事にするという発想は全くない。
旅って自分だけのものだ。バックパッカーならなおさらだ。
この分野でお金を稼ぐのは難しいと思う。
でも、最近はそういうことをしようとする若者が多い気がする。
旅はコモディティ化すると一気に味気なくなるという矛盾。
この味気なさが、ロマンを売るはずの旅をビジネスにするには致命的。