一億円もらったら 赤川次郎

「億り人」っていう言葉が一時期流行った。

株式投資などで億単位の資産を築いた人・大もうけした人を指す俗な言い方。らしい。

結局単なる数字でしかないけれど、1億円という金額は日本人にとって特別な意味を持つ。

1億円っていうのはとても大きなお金で、それが手に入るとなんでも好きなことができる、というイメージがある。
実際はそんなことはないのだけど、一生お金に困らずに生きていける気もしてくる。

で、昔読んだこの小説のことを思い出した。

金持ちの爺さんとその秘書が、一億円を赤の他人にあげて、どう使うかを見る、という小説。

短編の集まりなのだが、みんな一億円をすぐ使い切りすぎ。
もちろん、使わないで貯金しちゃったら話がすすまないので、短いページ数の中で使い切る必要があるのだが、
それにしても現実ではこんな大金手に入ったら、そんなに簡単にパーッと使えないよなー、と思う。
いや、自分で汗水たらして稼いだお金じゃなければ、人は気前よく使えるものなのかな。

一億円を横領する社長。
一億円で娘を一生縛ろうとする平社員
一億円で愛人になろうとする娘
一億円でローン返済、グランドピアノと音楽室、車を買って、残りを貯金するサラリーマン
一億円で家を買い、車を買い、パーティーを開く末期癌の女性
一億円をばら撒いて捨てるおじさん
一億円を高校の新しい制服導入に使った女学生
一億円を大ホールのチケット代金と、横の小ホールで妻が開催するシンポジウム費用に使った夫。

使いみちだけをみるとなんとも味気ないけど、そこにストーリーと意味が付け加えられると、お金が活きてくる。

サラリーマンが手に入れたのは「ときめき」
女性が手に入れたのは「復讐」
おじさんが手に入れたのは周りの人達の「真実の姿」
女学生が手に入れたのは「友情」
夫が手に入れたのは「妻への愛」

だけどやっぱり勿体無いと思ってしまうのは僕がケチだからだろうか。

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