東京難民 福澤徹三

ある日突然、大学を除籍になり、家を失い、社会の底辺へ転げ落ちていく大学生の物語。

家なしから、最後にはホームレスにまでなってしまう。

でも、この世界に共感する人は多いのではないかと思う。
大学生の多くは貧乏だ。この登場人物と大して変わりない。
家族や、大学や、国、いろいろなものに守られて、ギリギリのところでそっち側に落ちないだけ。

前半を読みながら、昔の記憶がたくさん蘇ってきた。
僕の大学生活も同じようなものだった。

しかし,後半、主人公の修は更に落っこちて、ホームレスにまでなってしまう。そこまで落ちたことは流石にない。
一度、堕ちると戻るのは簡単ではない。

大学という居場所を失い
家を失い
貯金もなく、
身分証もなく
携帯もなく、
小綺麗な服もない
風呂に入る金さえない
当たり前にみんなが持っているものをすべて失うと、一つひとつを得るのに多大な労力が必要になる。
弱者がお金を稼げる場所は限られていて、そういう場所では弱者をとことん搾取するような仕組みになっているからだ。
状況が悪化すればするほど、一日の稼ぎ、時給が低くてキツイ仕事しか選べなくなっていく。
比例して一つ上に脱出するのにかかる時間も長くなる。

日雇い6000円で生きるネットカフェ難民。

一日の稼ぎが1500円のホームレス。

数十万円の貯金があるのと無いので人生は変わる。

お金さえあれば、いろんな選択肢を持てる。仕事を選べる選択肢。

まず、明日の生活に困っている状況では日雇いの仕事しかできない。

敷金礼金を払って家に住めていることだけでもすばらしいことだと気づく。

でも、まあ、普通はここまで堕ちないよね。人はどこかで自分を守る。修は守らなかった。
自分より他人を優先したせいで、そこまで堕ちていった。

こういう貧乏な人が、一番つらくてオイシくない仕事をして、社会を支えているという側面がある。

その御蔭で誰かが得しているという現実がある。

僕はここまで堕ちることを流石に許容できない。
せいぜい年収180万円(時給900円x2000時間)の生活が限界だ。それ以下では希望を持てなくなる。
それ以下では生存のために人生の大半を費やさなければならない。少なくともテントやマン喫チェア以外の住処を確保したければ。

時間を売らずにいけるだけの経済的余裕は確保して生きたいならば、
その最低ラインが年収180万円(月15万円)だと僕は思う。
そこから下はマジで難民だ。

日本は先進国であり世界第三位の経済大国。流石にそこまで椅子が無いってことはないでしょう。

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