太陽の塔 森見登美彦

読みながら何回か吹き出して笑った。そんな本にはあまり出会ったことがない。

大学時代の鬱屈したモテない、地味な、それでいて自尊心ばかり大きい男たちの内面を、

皮肉に面白おかしく書いた小説。

そういう男たちが犯す奇妙でコミカルな所業を細かく切り取って文章にしたためている。

ここまで何回も「法界悋気」という言葉を繰り返し繰り返し使った本も無いと思う。

難しい単語や言葉をこねくり回しているのは意図的なもので、それは大学生の膨れ上がった妄想の吐露と、その自虐にすぎないものを覆い隠すための装飾であり、ちょびっと著者の知識のひけらかしも混ざっているようでも、文学の体裁を保つことには確かに成功しているような気もする。

太陽の塔はこの本にとって、何か大きな意味があったのかよく分からない。

この小説はかつて隣りにいた僕の友人そのものであり、かつての僕でもあった。

「街を怪物が闊歩している、、、クリスマスという怪物が、、、。」

主人公とその友人達はひたすらに嫌悪する。

恋愛も、それに没頭して熱を出している男も女も、それを押し付けてくる社会も、そしてかつて少し惑わされかけた自分自身も。

社会への嫌悪と、傷の舐め合いと、自尊心の修復ばかりが延々と続く。

しかし、クリスマスイブの昼間、クライマックスの直前、唐突にかつての敵であり、嫌悪の対象であった坂本龍馬愛する海老塚先輩が主人公の目の前に現れる。このくだりはあまり小説の中で重要でないように扱われている。なぜなら主人公はこの件について他の事件の多くのように思索を拡げはしなかった。しかし僕にとっては非常にそこがひっかかった。明らかに読者の僕と同じように主人公も気づいたはずだからである。気づいたくせに、気づかなかったかのようにあえて無視して言及しなかった。そこに森見氏の巧妙な、キラリと光る技を見る。勘違かもしれないけど。。

ばったり出会った海老塚先輩は主人公が妄想し、イメージを膨らませていた狂気じみた姿とは随分変わって、さっぱり小奇麗になっていた。さらに主人公に軽く鰻の肝を一本奢ってくれた上に、こんなことを言った、、

「あ、そうか、もうクリスマスかあ」

クリスマス・イブの昼間にこの言葉を言った。

本当に気にもかけない人間は、そのことについて話すどころか、考えたり意識したりすらしないものである。

クリスマスのことをああだこうだ考えて、恋愛なぞ下らないと言い放って、それでも考え続けて悶々していた主人公に、その致命的な矛盾を気づかせたものは何か挙げるとしたら、この先輩がぽつんと放った一言しかない。

薄々感じて、それでも気づかないふりをしていた主人公に、静かにトドメをくらわせた。だからこそこの小説は終わるのである。

読みながら、ある人が言っていたことばを思い出す。

「失敗なんて怖くないんだよね。今は失敗してみてもやり直せるくらいまだ若いしさ」

そういう人ほど失敗を恐れて日々、怖くない怖くないと言い聞かせているものだ。

「もう、旅なんて飽きたんだよね。旅行なんて行かなくたっていいんだ。」

そういう人ほどいつも航空券の値段をチェックしたり、旅行ブログを読んでいるものだ。

「金には興味ないんだよね。それより大切なものがある。」

そういう人ほど金勘定をしていて、細かく家計簿をつけ、損得に敏感、ケチ臭いものだ。

未熟者の恥ずかしさを、ひたすら自虐的に書き書き書きつらねた小説が本書であって、共感してしまうところがあるから笑ってしまうんだろう。

作者 森見登美彦(もりみ とみひこ)

1979年、奈良県生まれ。京都大学農学部大学院修士過程終了。
2003年、「太陽の塔」で日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、作家デビュー。
07年、「夜は短し歩けよ乙女」で山本周五郎賞を受賞。
10年、「ペンギン・ハイウェイ」で日本SF大賞を受賞する。
他、「四畳半神話体系」、「有頂天家族」など

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